2009年5月3日日曜日

日本ぶらりぶらり。

著者:山下清(1922−1971)
貼絵画家。養護学校八幡学園で貼絵を習い急速に才能を伸ばす。40年、施設を飛び出したあと、放浪・帰園を繰り返した。脳溢血で死去。


「(中略)…癖はなかなかなおらないもので、それはどうしてかというと、ぼくは放浪の癖がせんにはあって、やめようと思ってもがまんができなくなってすぐでかけてしまったので、やっと近頃放浪の癖がなおったようです。ぼくはことし満で三十四才で、十ぐらいの小学生が「おっさん」とよんでもおかしくないということですが、よばれつけないことをいわれるとちょっとはずかしいので、小学生に「山下のおっさんですか」といわれて変な気がしました。
 すると小学生が「おっさんは絵がうまいんですか」というので、自分のことはよくわからないので「よくわからないだ」というとみんな笑うので、今度は小学生が「どうしたら絵がうまくなるんですか」と聞くので、これはなかなかむつかしい問題なので「ちょっとむつかしいだな」というと小学生が笑うので、ぼくもちょっとおかしくなりました。
 どうすると絵がうまくなるかというと、ほんものそっくりに描けば写真とおんなじだといわれるし、ほんものと違って描けばうその絵だといわれるので、景色を描くときはその特徴をあらわせばいいので、はじめて見る景色はなにが特徴なのかよくわからない時はよその人にこの景色はどこが特徴ですか聞くと、聞く人によっていろいろちがうので、よその人がこの景色は岩が特徴だといったので、岩を見物してからもう少し歩いてべつのよその人にこの景色はどこが特徴ですかと聞くと、大きな木がたくさん生えているのが特徴だといったので、木を見物してからもう少し歩いてべつのよその人にこの景色はどこが特徴ですかと聞くと、景色というものは全体に特徴があるもので、そのわけをいうと、たくさん見物にくる人がみんな自分の気にいったところを感心して帰るので、どうしても特徴を聞かせてくださいとうと、まあ人がたくさん見物にくるのが特徴だというので、ぼくは自分のすきなところだけをおぼえていて、学園に帰ってから貼絵にするのです。」

テレビドラマの「裸の大将放浪記」では、放浪先で絵を描き、さまざまな感動を残すストー リーとなっていますが、実際の放浪ではほとんど絵を描いていません。旅先で見た風物を自分の脳裏に鮮明に焼きつけ、実家や八幡学園に帰ってから自分の記憶 によるイメージを描いていたのです。数ヶ月間、時には数年間の放浪生活から帰った清は、驚異的な記憶力により自分の脳裏に焼きついた風物を鮮明に再現して いたのです。しかも、山下清のフィルターを通したイメージは、実物の風物より色鮮やかで暖かい画像となり、それが独特の貼り絵となっていったのです。

彼の日記にも、そのことが書かれています。
「ぼくは放浪している時、絵を描くために歩き回っているのではなく、きれいな景色やめずらしい物を見るのが好きで歩いている。貼絵は帰ってからゆっくり思い出して描くことができた。」

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